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2016年5月26日

GP

ドバイで思い出した日本とアフガニスタンの絆

ドバイとアフガニスタン

ドバイには多数のアフガニスタン人がいます。ビジネスで移住している方、出稼ぎに来ている方などです。ドバイとアフガニスタンは飛行機で2時間ほどしか離れていない為、アフガニスタンとドバイでビジネスを行っている人たちにとってはとても便利な場所です。

アフガニスタン人の多くはどんな職業かご存知ですか?タクシー運転手です!(私の所感かもしれませんが)どのタクシーを乗っても、パシュトゥーン人のタクシー運転手にあたることが多かったのでそんな事を思いました。

 

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アフガニスタンで活躍しつづける医師

中村哲先生の名前を聞かれたことはありますでしょうか?

彼は1984年パキスタンで医師として赴任。以来、20年以上にわたり医療活動を行っています。

 

初めはパキスタンで活動を行っていましたが、政府の圧力で活動する事が困難になり、以後はアフガニスタンにて活動を続けています。

 

 

 

彼の何がすごいかといいますと、医師なのにも関わらず農業や用水路建設をどこからの援助もなく現地の人たちと手を組んでそして率先してアフガニスタンの復興の為に力を注いでくれている事に感動しています。乾燥しきって農作ができないガンベリ砂漠という場所まで25.5kmのながい道のりに用水路をつくり農業ができるようにしました。彼が用水路をつくっている際には洪水がきて破壊されたり大変な事が多々ありました。

 

そんな時に中村先生はこんな事を言っていました。

 

「今われわれが作業をしなければ多くの人たちが死ぬ。用水路とアフガンの人々のためなら自分は死んでもいい」

 

私はこの言葉を知った時涙が溢れました。なぜ、自分の母国でもない国に対してここまで一生懸命取り組めるのか。母国の人でさえこんなに頑張ろうとしていないのに、なぜ彼はここまでできるのか。何が彼をここまでうごかしているのか。

そして、私が嬉しくて感動して涙が出そうだったように、実際現地にいたアフガンの人々はこの言葉に心を打たれ活動をしたのだろうと思います。

 

彼はたくさんの本も出版しており、その一つにはこんな事も書かれていました。

「私はアフガンの子供たちの目が大好きだ。特別に裕福な生活をしているわけでもなく日本の子供達からみたら不自由な生活をしている。それなのに、彼らの目はいつもキラキラ輝いている。こんな苦しい状況で生活をしているにも関わらず、彼らの目からは希望や未来を感じる事ができる。反対に日本は裕福でなんでも手に入る生活をしているのにも関わらす、子供たちの目は死んでいる」

決して裕福であれば幸せとは限らない、貧しいから不幸とは限らない。何事も心の持ちようであり小さなことでも感動する心が大切だと思います。日本人としての心遣い・マナー・感謝する気持ち。私は世界で他にはないのではないかと思うぐらい素敵な風習を日本は持っていると思います。

 

 

 

この内容を読んで、是非その大切な日本人の心を今もそして未来も、なくさないでいってほしいとおもいました。

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